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著作権保護期間延長問題注1

――福井先生は、「著作権保護期間の延長問題 を考えるフォーラム」注2 の世話人であり、多くの執筆・講演活動をされています。今回は法律を学んでいる、又は仕事にしている読者向けのインタビューであるということで、この保護期間延長問題についていつもより少し突っ込んだお話をお聞かせ頂ければと考えております。
まず、著作権保護期間である死後50年以降の経済価値を維持できる作品は著作物全体の2%にすぎない、という意見があります。そこで、経済的価値を維持できる2%の作品だけを登録制にするという形で、保護期間を切り分けることはできないのでしょうか。

福井:経済的価値が残っているとどうして延長しなくてはいけないのか、です。
経済的価値の議論というのは、よく誤解されて伝わっています。あれは保護期間を延長したところで受益する人はほとんどいないことの証明にはなります。少なくとも経済的な受益は98%の作品については望めない、著作権収入が入らないから、ということの証明にはなりますね。でも逆に、2%の作品について保護延長が正当化される理由にはなりません。誰かが…たとえば2%程度の遺族が延長で得をするという証明にしかならないのです。個人的メリットだけでは、ある法改正は正当化され得ません。延長の社会的メリットが何なのか、ということが問われてきます。私は、アーティストの生きている間の保護をもっと充実させるという話であればよく分かりますが、2%について登録制にして延長しようという議論は、その延長によって社会にどうメリットがあるかということが示されなければちょっと難しい気がしています。

――延長することで利益になる、という点はあるのでしょうか。それとも、100%のデメリットしかないのでしょうか。

福井:僕は芸術文化を専門にしていますが、アーティストの側にばかりに立っているわけでもないし、プロデューサー側にばかり立っているわけでもありません。同様に、権利者側に立つこともあるし、利用者側・事業者側に立つこともあります。いろいろな立場に立って仕事をしてるんですね。ですから、普段はあまり著作権について政治的な発言はしませんでした。政治的な発言をしたのは今回が多分初めてだろうと思います。この延長論だけは、アーティストを含めて誰の得にもならないという確信があったから。それ位、メリットが見えません。机上論であれば一つか二つは挙がらないことはないけれど、それは空論に過ぎない。
ですから、今回の保護期間延長が止まらないようなら、他の著作権に関する社会的議論も、制度論も全部失敗すると思います。今回まともな議論ができないようだったら、著作権について正当な議論はおよそ難しい。そういう気さえしています。

――「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム」を開催して来られて、議論に何か進展は見えますか。

福井:議論はまともになって来たでしょう。文化審議会の中の「保護利用小委員会」でも賛否は拮抗して、簡単には伸ばせないという議論が生まれるまでになった。こういう議論を起こして行くことでちょっとやそっとでは伸ばせなくなるということを証明できただけでも、価値は大きいとは思います。しかし、そこで終わる気はもちろんありません。

――保護期間の延長を止めるにあたって、何が最も大きな障害なのでしょうか。

福井:最大の障害は「空気」です。日本でまともな法制度の議論をしようとするときの最大の障害は場の空気なのです。
例えば、「保護期間を死後70年とするべき絶対的理由はないが、なんとなくその方がクリエイターを大事にしている気がする」と思う人はいるでしょう。死後50年より70年の方がなんとなく知財立国的な気がする。多くの人はこのレベルでしか突っ込んで考えないかもしれません。なぜなら時間は有限だから、ありとあらゆる社会問題をじっくり考えることはできない。
そうすると、場を空気が支配してしまうということがありがちなのです。この空気によって場が支配されてしまったときに、おかしな議論というのは通ってしまう。だからそれが最大の障害だろうと思います。言ってみれば今回は"空気"対"道理"の戦いだと僕は思っている。保護期間延長に社会的なメリットを十分示せないならば伸ばすことはできない、というのが道理だと思いますから、空気と道理がぶつかり合っているような感じがします。そしてこの「空気」というのは大変な強敵です。外圧よりもっと怖い。

――その空気を打ち破るためには、時間をかけて考えることのできない多くの人たちにも強くアピールできるような、保護期間延長が有害であるという積極的な具体例が必要なのではないでしょうか。

福井:確かに、誰にでもアピールできる事例がたくさんあればその方が良いと思います。でも、保護期間延長問題はそういうものが比較的少ない。もちろん、古い作品に基づいた二次創作が害されるというような悪影響は数多く挙げられます。ただし、こうしたことはボディブローのように文化の体力にじんわり効いてきて、50年後に面白い作品が減ったとかそういう損失が生まれる。すぐには分からないんですよ。だからこそ非常に危険なのです。悪影響がすぐ分かるならトライ&エラーでやってみて、悪影響が出ればまた戻すことができる。でも、悪影響がじんわり出てくる保護期間延長のような場合は、そういう議論がとてもしづらい。

それでも、これが悪影響ですと言い易いものとしてアーカイヴィングを、具体的な例では「青空文庫」注3 を挙げるべきでしょう。
芸術作品の保存紹介は文化にとって非常に重要です。ネットワーク社会は必ずしも良いことばかりではありませんが、知の共有が容易になっているのは大事なメリットです。でも、アーカイヴィングはまだまだ進んでいません。国立国会図書館は、古い書籍にネット上からアクセスできる「近代デジタル・ライブラリー」を立ち上げましたけれど、明治期などの保護期間の切れた本中心でさえ、その権利関係の確認が大変だったそうです。
青空文庫は、ボランティアによるアーカイヴィングのすばらしい成功例です。ボランティアが立ち上げて、なおかつボランティアが全て手入力でテキスト化している。国立国会図書館のアーカイブはPDFです。それはそれでもちろん価値のあることだけども、青空文庫は全部手入力です。手入力して、校正をして、アップした作品が既に7000作品以上。
テキスト化されることで何ができるかというと、まず拡大文字にできるそうです。そうすると弱視の人が読むことができる。それからオーディオブックにすることができます。そうすると全盲の人が聞くことができる。あるいはデジタル翻訳で海外の人が読むことだってできるでしょう。市場性がなくても、国が旗を振らなくても、民間非営利セクターにこれだけのことができる。すばらしいケースです。
でも、このアーカイヴィングは保護期間の切れた作品を主な対象にしているわけですから、保護期間が20年延びるということは、20年分その対象にできる作品が減ります。その間に忘れ去られる作品も、散逸する作品もあるでしょう。先程の経済的価値がないという98%の作品も、歴史に淘汰されるような価値のない、つまらない作品かと言えば全然そんなことはありません。絶版になっている中にも素晴らしい本はたくさんあります。今は相当良い本でも何年か経てば絶版になり、市場から消える本は多いそうです。

あるいはフィルムアーカイブです。例えば、『オズの魔法使い』注4 は1939年の映画ですがデジタルリマスターによってまるで昨日撮ったような美しさです。
しかし、日本では古い映画の保存状態は決して良くありません。戦前の日本の映画で素晴らしい作品といえば『無法松の一生』注5 があります。大きなレンタルビデオ屋であればDVDか昔のVHSで残っているかもしれないから、借りて見てみてください。映像もぼやけ気味だし音も聞き取りづらい。他にも、山中貞雄さんの『人情紙風船』注6 や、この間中村獅童でリメイクされた『丹下左膳餘話 百万両の壺』注7 、あるいは『赤西蠣太』注8 という片岡知恵蔵主演の映画など、今見ても本当に面白い映画はたくさんあります。ところが、なかなか観賞機会がない。たまにあっても、何を言っているか分からないくらい劣悪な音声や荒れた画面を見ることが多い。これが、日本の現状です。
京橋の東京国立近代美術館にはフィルムセンター注9が付属していて、ここでフィルムの修復保存などに努力しているのですが、権利の壁、予算や人員の壁に阻まれてなかなか進まないようです。日本の映像資産には素晴らしいものたくさんありますから、そういうものは修復保存を行って、アーカイブとして公開して人々が再評価すれば、ひょっとしたらもう一回市場に出てくることもあるかもしれないんです。古い作品の収集保存は、とても大事なことですね。




注1 著作権保護期間延長問題
現在、現行著作権法の定める著作権保護期間を、死後50年から70年に延長する法改正が検討されている。著作権保護期間については、延長を求める要望がある反面、延長によるさまざまな悪影響を危惧する声も少なくない。2006年9月に日本音楽著作権協会(JASRAC)など16の著作権保護団体が作る「著作権問題を考える創作者団体協議会」が、著作権保護期間の延長を求めて文化庁に要望書を提出。同年11月に劇作家、法律家、学者などを発起人として、「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」(後に「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム」に改称)が発足。以降、著作者・ステークホルダー・著作物の利用者・学者や法律家など多くの人々を巻き込み、同問題についての議論が交わされている。
2008年9月、文化審議会・保護利用小委員会が保護期間延長を当面見送る内容の中間整理をまとめた旨が報道された。
http://www.asahi.com/national/update/0918/TKY200809180168.html
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0809/19/news077.html
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/09/18/20898.html

注2 著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム
著作権保護期間延長問題について開かれた議論を行うために設立されたフォーラム。福井先生が世話人を務める。公開シンポジウムの企画やメールマガジンの発行を行い、また公式サイトでは賛成派と反対派の議論の紹介や参考意見記事の収集を行うなど、同問題についての議論を活発にするための様々な活動を行っている。興味を持たれた方は是非下記サイトを閲覧して頂きたい。
なお、9月9日付で同フォーラム内のプロジェクトチームによる「保護期間延長問題と創作・流通支援策に関するthink C-PT 提言案」が公表されている。
http://thinkcopyright.org/

注3 青空文庫(あおぞらぶんこ)
著作権が消滅し又は「書き手自身が対価を求めないと表明することで、パブリックドメインに帰した文学作品を収集・公開しているインターネット上の電子図書館。芥川竜之介や太宰治、梶井基次郎、紀貫之、フランツ・カフカ、ヴィクトル・ユゴー、また後述の林不忘など、多くの作品を電子テキストで読むことができる。
著作権保護期間延長問題に対しては、憲法第16条「請願権」に基づき、国会法第9章の「請願」として、保護期間延長に反対する趣旨の「著作権保護期間の延長を行わないよう求める請願署名」を開始している。
http://www.aozora.gr.jp/

注4 オズの魔法使い(原題:The Wonderful Wizard of Oz)
Lyman Frank Baumを著者とする児童文学小説。映画やテレビドラマ、アニメなど多くの作品に翻案されている。今回インタビューの中で取り上げられたのは、1939年にメトロ・ゴールドウィン・メイヤー社が製作し、ヴィクター・フレミング監督がメガホンを取ったミュージカル映画版。

注5 無法松の一生
岩下俊作を著者とする同名小説及びこれを原作とした映画・演劇。映画は4度製作され、中でも大映製作、稲垣浩監督の1943年版は名作として名高い。

注6 人情紙風船
1937年公開。夭折した日本映画史上屈指の天才・山中貞雄監督の遺作ともなった作品。

注7 丹下左膳餘話 百萬兩の壺(たんげさぜんよわ ひゃくまんりょうのつぼ)
1935年公開の時代劇映画。日活京都製作所が山中貞雄監督、丹下左膳役に大河内傳次郎で製作した。原作は林不忘の新聞連載小説。多くの映画及びテレビドラマ作品に翻案されており、中村獅童が丹下左膳を演じたのは2004年のテレビドラマ版である。
なお、林不忘「丹下左善」は、上記青空文庫にて閲読可能。

注8 赤西蠣太(あかにしかきた)
志賀直哉を著者とする同名小説。1936年に片岡千恵蔵プロダクションにより同名のトーキー映画が製作された。監督は伊丹万作。

注9 東京国立近代美術館フィルムセンター
日本で唯一の国立映画機関であり、4万本以上の映画フィルムの他、スチル写真・ポスター・脚本・書籍など多数の映画関連資料を所蔵している。館内ホールでは、芸術的・映画史的に重要な作品や時事的・文化史的に貴重な作品の特集上映を行っている。
http://www.momat.go.jp/FC/fc.html

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